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きだログ

旅とか趣味とか、日常の他愛ない徒然を文章に・・・

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会津駒ケ岳へ行ってきました。




chumon.jpg



残雪の会津駒や中門岳は、


2000メートルを越える場所にありながら、


やわらかく美しい稜線を見せてくれるお気に入りの山の一つ。


これから始まる夏の、天空のお花畑もいいですが、


個人的には、女性的な美しいラインと優しい山容を眺められて、


涼しい残雪のこの時期がお気に入り。


koma.jpg


冷たい雪の上で、目の前の会津駒ケ岳を眺め、


ぽかぽかの陽を浴びながらのビール。


ビール1本でこんなに満たされる場所って皆さんにはあります?


南会津への旅は東武鉄道が便利です。


と、なぜか東武の宣伝をして終わりにしたいと思います。



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我が家の60センチ規格水槽にハタゴイソギンチャクを導入してから3ヶ月。


ハタゴは難しいと言われておりますが、


現在のところは外部濾過とマメスキマーでまだまだ元気です。


たぶん。


そしてハタゴイソギンチャクにまったく寄り付こうとしなかった


水槽立ち上げてからの先住民カクレクマノミ4匹ですが、


無理やりワイルドのカクレを1匹導入することで


ワイルドに触発されて、全てのカクレがハタゴに無事入りました。


カクレの追加は喧嘩になるとか、殺し合いに発展するとか言われておりますが、


現在のところはまだ大丈夫です。


ただし、最近では消灯後だけ5匹一緒にハタゴに入って寝ていますが、


日中はというと、完全にワイルドの棲家になっておりまして、


他のカクレクマノミはなかなか近づけません。



hatago.jpg



したがって先住民のカクレ4匹はどうしているかと言うと・・・


こうなりました。


スターポリプに入るカクレクマノミ。


kakure.jpg



自然界ではありえないことなんだそうです。


4匹で入るにはスタポの畑が少し小さいようなので、


スタポをどんどん増やして緑の絨毯を作ってあげようかと検討中です。


どなたか海水魚はじめませんか。


いつか数匹のカクレクマノミを里子に出さなきゃならない日が来るような気がします。










4月26日(金)15時00分

緊張と興奮が入り混じる異様な盛り上がりのなか、
河口湖八木先公園をスタート。
しばらく河口湖沿いを走った後に足和田山へ向かって山へ入っていく。
この時の位置は自分の後方に30人くらいの選手がいてスイーパー。
1000人近くがスタートを切ったことを考えれば、
ほぼ最後方に位置している。
山に入ると冷たい風が強く、体を冷やさないようウィンドブレーカーを着る。
とにかく体力低下につながらないように注意しながら、
走れるところは走る。
登りは膝に手を置きながら慎重に登る。


17時18分(11.4K地点)スタートから2時間18分

鳴沢氷穴のエイドに到着。
レース中A1~A10まで10箇所あるうちの最初のエイドだ。
トイレを済ませ、水と食料を補給したらすぐに出発する。
エイドではバンドが生演奏をし盛り上げてくれている。
手を振りながら出発する。
次は本栖湖スポーツセンターのエイドまで約12キロ。
青木ヶ原樹海の極上トレイルを走れるはずだ。
本栖湖スポーツセンターまでは国道139号線沿いを走り、
その後、富士の樹海に入るコース。
国道の橋の上から夕日に染まる富士山が見えて、思わず合唱する。
「どうか無事にゴールまで辿り着けますように」

18時51分(23.8K地点)スタートから3時間51分

A2、本栖湖スポーツセンターに到着。
昨年は終盤だったこの本栖湖スポーツセンターに設置されたエイドは、
コース自体が逆回りになった今年は序盤A2となる。
足はまだまだ元気。
そのまま素通りしたかったが、反面、焦る気持ちをなだめる自分がいる。
先はまだまだ長い。
中盤に備えてしっかり補給することにする。
バナナやチョコパン、コーラーを胃に押し込み、最後に精進粥を食べる。
回りには外国人選手も多く、いろいろな言葉が飛び交っている。
UTMFならではの光景なのだろう。
いつものようにヘッドライトを頭と腰に装着してリスタート。
これから取りつく竜ヶ岳は目と鼻の先。
周囲にはすでに夜の帳がおりている。
竜ヶ岳の登りは一列縦隊。
前も後ろも詰まっているので、
出来るだけ抜かしたり抜かれたりしないよう、
前にペースに合わせて登ることを心がけるが、
この辺りでは、すでに疲れて足取りも重く、息遣いの荒い選手も出てくる。
前を行く女性選手が遅く、女性選手の前が見えなくなってきた。
しかたないので抜かさせてもらおうと、
前を行く女性選手に「次のターンでパスさせてください」と後ろから声をかける。
どうぞご自由に的な余裕のない返事が返ってくる。
自由に抜かすスペースなどないから声をかけているんだと、イラっとするが、
出来るだけポーカーフェイスを維持することに努める。
ストレスは体力消耗の元。我慢我慢。
それにしても満月に照らされた黒富士が綺麗だ。
竜ヶ岳の山頂で黒富士の写真を取る。
気持ちにも身体にもまだ余裕がある。

21時50分(36K地点)スタートから6時間52分

麓のエイド到着。
スグに出発の準備に取り掛かる。
給水の手伝いをしていた六花先生に手に持ったボトルを差し出すと、
六花先生は私の顔を見て・・・
ウォータ?
と聞いてきたので、こちらも得意の英語(←うそ)で応戦する。
イ・イエス・・・プリーズ!
外国人選手も多いレースなので、比較的顔の濃いボクが
日本語を話せないと思われても仕方ない。
・・・そうなのか?
このエイドは吹き込む風が冷たく寒いが、どこか活気がある。
例えるなら士気の高い野戦病院といったところか。
疲れてはいるものの、まだまだ選手も気持ちが前向きなので、
先を急ぐように戦場へ、いや、暗闇のトレイルへ戻っていく。
この先は前半のヤマバ、天子山地。
険しい山々を、次のエイドのある西富士中学校まで21キロ頑張らなくてはならない。
個人的にはロードを走らされるより山登りの方が気が楽だ。
どうにか明日の朝までには、この前半の山場をクリアしたい。
しかしリスタートしてすぐに、天子山地をなめていたことに気づく。
最初の雪見岳への登りは、まるで壁を登っているかの如く急登で、
四つんばいになりながら少しずつ少しずつ高度を上げていく。
そして次々と現れる天子のピーク達。
もう登りうんざり!なんて思っていると、
今いるピークから次の立派な山容が見えてくる。
あまりにもご立派な山だ。
いや、まさかあそこは登らないだろう・・・
そんな事を考えながら、その立派な山肌を見ていると、
浅はかな心の中を見透かされたように、その山の途中にもやはりヘッドライトの灯りが見えて
がっかりさせられる。
また、登るんですか・・・
終わることのない無限のループに引き戻される。
そして自分の今来たトレイルを振り返ると、やはり暗闇の山肌に一列に続くヘッドライトの列。
前半のヤマ場、ここは我慢。
長かった天子山地も、長者ヶ岳のピークを過ぎて残すは天子ヶ岳のみになった。
もう自分がどこにいるかなんて関係ない。
とにかく山があれば登るだけ。
この時の心境を、かの有名な登山家ジョージ・マロリーの言葉を借りて話すなら、
Because it is there. (そこにそれ(山)があるから)がしっくりとくる。
そう、山があれば登る。
谷があれば下るし、海があれば・・・まあ流石に泳いぎはしないが・・・
とにかく黙って黙々と進む。
天子山地を下って深夜の林道を行く。
なんだか熊がいそうな場所で周囲にランナーもいないので、
熊鈴を取り出して手に持ち、
盛大に音を立てながら走るが、
すぐにスタッフがいて、ここから熊鈴禁止区間ですと知らされる。
え?ここからが怖いんじゃないの?と一瞬思うが、
スタッフがいて熊鈴禁止ということは、
そろそろ民家があるのだろうか?
次のエイドが近いのでは?と、ここで初めて気がつく。
長かった天子山地をクリアしていた。
しばらく走って街中に出るが、
天子山地で使い切った足には硬い舗装路がきつくて歩き出す。
すでに遠くに見える天子山地に目をやると、
キラキラと煌く無数のヘッドライトの灯りが見えて、
思わず声をあげる。
まだあそこで頑張っているランナーがいる。
諦めないランナー達の灯りが見える。
まるで選手達の魂が光の列となって連なっているかのようで
勇気をもらう。
ボクも再び走り出す。


27日(土)AM4時(54.9K地点)スタートから13時間04分


なんとか明るくなる前にA3の西富士中学校に到着する。
天子で使い切った足は、すでに残っていない。
パイプ椅子に腰を落として手当たり次第食べ物を胃に投げ込みながら、
足は残っていないけど、まだ諦めていない自分に少し驚く。
まだまだ食べられる。まだまだ行ける。
だが、先はあまりにも長い。
とにかく10あるエイドを一つ一つ繋ぐ事に集中する。
次のウォーターエイド粟倉まで約10キロ。
そんなに遠くないことだけが救いだ。
出発してすぐに夜が明けた。
静かな朝に選手達の足音と息遣いだけが聞こえる。
ボクも静かに闘志を燃やす。
頑張ろう。


AM6時30分(64.4K地点)スタートから15時間30分

粟倉のウォーターエイドに到着。
地面に腰掛けて水でジェルを胃に流し込む。
ここに到着する前に、走りながらジェルを食べようと試みたが、
吐き気がして上手く胃に収めることが出来ない。
そろそろ胃の限界だろうか?
高カロリーですぐにエネルギーに変えることが出来るジェルを食べなければ、
100マイルのレースなど走りきれるわけが無い。
ここからはエネルギー補給との勝負でもある。
食べられる時にしっかり食べる事に集中する。
リスタートしてしばらくすると、睡魔が襲ってくる。
目を閉じてしまえば一瞬でその場に倒れこみそうな強烈な睡魔だ。
ふと左手に広がる森に目をやる。
森の向こうに熊の親子が見える。
立ち止まってじっと見てみるが、熊の親子は微動だにしない。
どれくらいの時間見ていただろうか、後ろから呼びかけられて振り返る。
「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」
振り向くとボクの異変に気づいた他の選手が声をかけてくれたようだ。
「頑張りましょう!」
もう一度声をかけてもらって我に返る。
向き直って、さっき熊の親子がいたはずの森に目をやる。
そこに熊はいない。
どこまでも続く森の中に、大きな樹だけが静かにたたずんでいる。
幻覚・・・・か?


AM9時30分(79.3K地点)スタートから18時間32分

富士山こどもの国に到着。
睡魔はすでに限界を超えている。
これから出発する選手とお互いにエールを送りあう。
少しだけ元気が出る。
このエイドでは予め預けてあるドロップバッグを受け取ることが出来る。
とはいえ何か特別な物が入っているわけでもないが、
着替えをしてリフレッシュし、
食べられるだけエイドのバナナとチョコパンを胃に押し込み、
ヘッドライトの電池を交換して、もう一度越えなければならない夜に備える。
周囲のランナーはリラックスした表情で先を急ぐ様子はない。
逆にそれが救いにもなって、ボクも仮眠所の前の芝生に仰向けになる。
風は冷たいが日差しがあるので寒くはない。
後ろを走っているはずの松野さんにメールを送り、
到着したら起こしてくれとお願いして1時間眠るつもりで目を閉じる。
どれだけ気を失っていただろう。
時計に目をやるが、30分も経っていない。
どうやら興奮してなかなか眠れないようだ。
仕方なく再びバナナやチョコレート、パン、
エイドにある補給食を胃に押し込み、
この先どれだけ自分の胃がジェルを受け入れられるか分からないので、
ザックにエイドのパンを2つ入れてリスタートする。
次の水ヶ塚公園のエイドまでは約9キロ。
登り基調だがそんなに遠くはない。
約30分程の睡眠だったが頭は少しスッキリしたし、
睡眠は短かったがしっかりと時間をとって休んだせいか、
身体は少し軽くなっている。
レース中に回復するなんて少し信じられないような気持ちだが、
これがなければ161キロなんて到底走りきれるものじゃない。
気持ちも身体も前向きに進む。
しかし、たった9キロしかないはずの次のエイドが信じられないほど遠い。
あと何キロだろう?あとどれくらい時間がかかるだろう?
どんどん気持ちがネガティブに傾いているのが自分でわかる。
なんとかポジティブにと心がけるが、
どこまでも続く地味な登りが、その気持ちすらも削ぎ落としていくようだ。
とうとうこのレースで初めてコース脇に座り込む。
「キツイ・・・」
と、クチにしてすぐに自分で訂正する。
「いや・・・・楽しい!最高に楽しい!」
最初にクチにしてしまった言葉を必死に打ち消すように、頭の中で繰り返す。
そうだ、ポジティブに、楽しく、それがウルトラでは絶対に必要だ。
スグに立ち上がって再び登り始める。
目指してきたUTMFの舞台を走ってるんだ。
楽しいに決まってる!
何度も何度も自分に言い聞かせる。
素晴らしいトレイルと素晴らしい舞台を走らせてもらっている。
それだけでも最高だ。


14時(88.8K地点)スタートから23時間04分


水が塚公園のエイドに到着。
テントの中に入ると寒い外に出るのが嫌になる。
温かい食べ物とコーヒーを貰って腰を下ろす。
この先もジェルはあまり多く食べられないことが予想されるので、
ここまでのエイドと同じように、出来るだけエイドの補給食を胃に押し込む。
レースはこれでまだ半分。
そう思いながら少し笑ってしまう。
長いな~(笑)
この時点でスタートしてから23時間がすでに経過している。
トレランでの連続行動時間としては、すでに未知の領域に突入している。
重い腰をあげて出発する。
次は富士山御殿場口太郎坊。
富士山の5合目だ。
しばらくすると道は明らかに今までのトレイルとは違い、
富士山特有の火山岩を細かく砕いたような足元になり、
やがて遮る物のない富士山の山肌を登って行く。
後ろを振り返ると今まで辿ってきた天子山地や水が塚公園、
そして駿河湾が眼下に広がる。
開放感のある素晴らしい景色に思わず立ち止まって見とれながら、
ずいぶんと走ってきたんだなと感慨にふける。
この区間は他の選手と話をしながらリラックスして進む。
そこに外国人選手も交じり、
東京は向こうか?とか、あの海はどこだ?とか、
他愛も無い話をしながら、リラックスしていく心の中で、
このレースは富士山にパワーを貰いながら走ってるんだ。
そう思えて心強くなる。
富士山が見守っている。
まだ頑張れる。


15時15分(95.9K地点)スタートから25時間16分


A6、富士山御殿場口太郎坊に到着。
ここまでは一度富士山を四辻まで登り、少しトラバースして太郎坊の真上から
砂走りを下って5合目に到着する。
エイドのテントに入る直前から、
スタッフや他の選手の応援に来た友人や家族であろうか?が、
大きな声援で選手を迎えてくれるのが嬉しい。
関門閉鎖まではまだ3時間あるが、
この先まだまだキツイ山登りが控えているので、
ここでは補給を済ませたらすぐにリスタートを切る。
エイドを出るときも、多くのギャラリーが拍手で送り出してくれる。
元気を沢山もらって再び森の中へ向かって走る。
次のエイド、すばしりまではほぼ100%くだりのはずだ。
富士山に登ったことがある人ならわかると思うが、
5合目までバスで凄い坂道を登っていくが、
今回はその逆で、その坂道を走って下ることになる。
エイドまで残り1キロほど、直線の舗装路に出てからが100%くだりなのに
膝や、足の裏や、もうあちこちが痛くて走れない。
仕方なく歩いたり走ったりを繰り返しながらエイドを目指す。
頑張れ・・・オレ。


17時(105.3キロ地点)スタートから26時間56分


やっとの思いでA7、すばしりに到着。
到着してスグにマッサージのブースが目に付いたので駆け込む。
ふくらはぎ、ふともも、膝、全てがパンパンで足はとうに限界を超えている。
10分ほどマッサージをしてもらいながら寝たかったが、
先生がやたらと話しかけてくるので眠れない。(笑)
仕方なく先生と話をする。
なんでこんな過酷なレースに出るの?とか、
若い人は我慢がきかないからトレランはあまりやらない。とか、
話し好きは余計だが腕は確かな先生で、
凝り固まっていた筋肉が信じられないほど解きほぐされ、
おまけに、ここが張ってるってことは膝が悪い?などと言いながら、
ここまでずっと悩まされていた膝の痛みまでも、少しのあいだ楽にしてくれた。
ここでもリフレッシュさせてもらい、
再び夜の帳を下ろした暗闇の山中へ向かってリスタートする。
次は約17キロ先、山中湖のエイドだ。
山に取り付くと前後にはランナーも多く、
後ろからヘッドライトの光が見えるとスグに立ち止まり、
"お先にどうぞ合戦" が幕開けする。
あ、どうぞうぞうぞ、私、登りが遅いですから!
てな具合の譲り合いだ。
これが混雑した通勤時間帯の駅なら嬉しいのだが、登りのシングルトレイル、
しかもすでに100キロ以上も走ってくると、
出来れば人の前には出たくないというのが人情というもので、
普段は人の後ろについて山を登るのがあまり好きではないボクも、
ここばかりは出来るだけヘッドライトを真下に向けて、
前を行く選手から微妙な距離を保ちつつ、気づかれないように追走させてもらう。
しかし・・・眠い。
登りも下りも遠くに見えるマーカーテープの反射材が
いちいちなにか違う物に見えてくる。
車など入れるわけもない山の斜面なのに、
ヘッドライトの灯りに照らされた反射材が光ると、
前から車が来る・・・と、思っては立ち止まり、
トレイル脇によける。
あれ?車・・・こないな・・・。
そんな事を考えながらまた我に返って走り出すような、
もう精神的にもギリギリの状態。
限界をとうに超えたギリギリの状態をなんて言うのだろう?
なんて言うのか?
ふと頭に浮かんだ疑問を、いつまでもいつまでも考えてしまう。
仕方がないのでここでは仮に
「ものごっつい苦しい」と呼ぶことにして、自分を納得させる。
終わってからゆっくり考えよう。
その後も疲れきった頭と身体でなんとか斜面を前に進むが、進んでいる実感が薄い。
もう他のランナーに聞こえてもかまわないと、
でかい声で自分を鼓舞する。
「頑張れオレ!まだ行けるオレ!頑張れーーー!!」
この山域は、稜線に出てしまえば走りやすいトレイルだと聞いていたけど、
もうギリギリの自分に走りやすいトレイルなんて存在しない。
1歩1歩自分の限界に近づいているような気がする。
ふと横を見る。
とにかく富士山だけが綺麗だ。


22時(121.7K地点)スタートから32時間05分


A8、山中湖きらら到着。
急いで休みたいのに、直前で前のランナーが道を見失い、
それに付き合わされる形で時間をロスしてしまった。
実際には前のランナーがマーカーをよく見ていなかっただけで、
後ろからくるランナーに、この道は違うと、
間違えた情報を流したのが原因なのだが、
その付近にいた10名以上のランナーが今来た道を戻り、
周囲にマーカーを探して歩く事態に発展してしまい、
大幅に時間と体力をロスする。
こんな時こそ山での経験を生かして、うろうろする選手を尻目に、
ボクは信じて進んでみる。
やはり遠くにマーカーが見える。
後ろに向かって叫ぶ「おーーい!間違えてねーーーぞーーー!」
このスカポンタン!と、ついでに叫びたかったが、
仕方ない。
みんな、本当に疲弊しきっている。
ボクも同じだ。
みんな頑張れ!オレも頑張れ!
山中湖の賑やかなエイドに入り、補給を済ませて時計を見る。
ここで始めてゴール出来るかもしれないと感じる。
この先は唯一、レース前に試走をした40キロを残すのみ。
ただし、この先はキツイ、本当にキツイ。
このエイドで少し横になる。
1時間寝ようとスマートフォンの目覚ましをセットしたが、
やはり興奮しているのか眠れない。
仕方なく30分ほどで目を閉じるのを諦め、
補給をして出発の準備をする。
準備を済ませてエイドの出口まで一人で進むと、
メディカルチェックがある。
六花先生からいくつか質問を受ける。
食べれているか?
休息は取れたか?
そして最後の六花先生からの話を向き合って聞く。

「この先の杓子山はキツイ、本当にキツイ山です。山頂の気温は0度、
もし動けなくなれば命にかかわります。
それを十分に認識して自分の責任でここから出てください」

そんなことを言われたと思う。
ボクは、

「大丈夫、まだ気持ちも身体も諦めてません。
責任もってゴールしてきます」

と伝えて先に進ませてもらう。

六花先生がボクの目を見て
「河口湖で会いましょう!待ってます!」と、
この上なくあつく、疲れた心に嬉しいエールと共に見送ってくれた。

暗闇の山中湖へ颯爽と走り出したかったのだが、
そんな足は残ってないので、とぼとぼと歩くようなスピードで走り出した。
ただ、このエイドを出たことと、
はじめて口に出してゴールすると言ったことで、
ゴール出来るかもしれないと思っていた気持ちが、
必ずゴール出来る。
そう変わっていたのはとても大きかった。
イチローの言葉を借りるなら、

自信が確信に変わったといったところであろうか。


28日(日)AM1時00分(127.6キロ地点)
スタートから35時間00分

A9、二重曲峠のエイドに到着
これから後半の大ボス杓子山に取りつくので、
すでにジェルを受け付けない胃に、
むりやり半べそでジェルを流し込みながらすぐに出発。
杓子の登りは急な鎖場の連続で、
次こそ杓子のピークだろう!
いや、次かな?
あぁ、ここだここだ、ここがピークだ!
と、3回ぐらい偽ピークに騙されながら、
まるで天に昇っていくみたいな垂直の壁を全身を使って何度も越えていく。
緊張感を持ってやっとの思いで杓子山の見慣れたピークに到着。
目の前には、夜明け前の富士山が鎮座している素晴らしいロケーション。
ここで少し腰を下ろし、再びジェルを5分くらいかかってやっと1本
水で喉の奥に流し込む。
世の中にこんなに不味い物があるだろうかと思う。
健康診断で飲むバリウムのような感覚で、
クチに含んだ瞬間に吐き気がするのを、両手をクチにあてて必死に胃に押し込む。
あとは富士小学校のエイドまで下り基調、
しかし下りの足はとっくの昔に売り切れ状態なので、
慎重にところどころ凍っている赤土の斜面を下っていく。
富士小学校のエイドに向かう途中で最後の夜が明けた。
見ているだけで、どこからかエネルギーが沸いてきそうな富士山がすぐそこにある。
あとは13時までにゴールすればいい。
そう考えることで、ギリギリの状態ながら気も楽になる。
山から下りて富士小学校まで約1キロの地点で
応援に来てくれていた嫁に遭遇。
なんだか照れくさい。
あんたの旦那、かっこよく走ってなくてごめんなさいと心の中で謝りながら、
少し距離をおいて一緒に最後のA10、富士小学校を目指す。


AM6時少し過ぎ(142.8K地点)スタートから39時間46分


A10、富士小学校到着。
トイレが少ないので、選手とサポーターでトイレ渋滞している。
早く出発したい気持ちを抑え、
トイレに並んでエイドで最後の補給をしたら嫁と別れて出発。
さあ、あとは制限時間内にゴールするだけだ。
身体はまったく余裕のない状態だが、前半を計画的に走ってきたおかげで、
時間にはまだまだ余裕がある。
行ける!ゴール出来る!
やっとゴールが現実に手の届く範囲にまで近づいてきた。
ここまでの道のりを思うと自然と涙が溢れてくる。
さぁ、フィニッシャーズベストを貰いに行こう。
さぁ、100マイルのフィニッシャーになりに行こう。
さぁ、UTMFフィニッシャーになりに河口湖へ帰ろう。
最後の最後、本当に最後の山の登りを越えたところに峠がある。
さっきまで元気なく後ろをついてきていた女性ランナーに、

「峠に出たよ、もう登りは終わりだよ。」

そう言いながらまた涙が出てくる。
峠には辛そうな顔で腰を下ろしている男性がいる。
具合が悪そうだ。
ここまでくれば具合も悪くなるいだろう。
「大丈夫ですか?と声をかける」
ビックリするぐらいの爽やかな笑顔で返事が返ってくる。
「胃がもう何も受け付けなくて・・・」
頑張りましょうみたいなことを言って先行させてもらう。
人を気遣ってみたが、自分ももう余裕はまったくない。
やがて林道にでると後ろから先ほどの男性が追いついてくるのが見えて、
再び声をかける。
「どうですか?」
どうやらレース中に極度の疲労で胃をやられ、
食べ物も飲み物もほとんど何も受け付けない状態のようで、
この男性、名前を大野さんと言った。
お互いにかるく自己紹介して、
そこからゴールまで約10キロ、ほぼこの大野さんと名乗る男性と話しながら歩く。
しかし大野さん、体調最悪でキツイはずなのに笑顔が爽やかだ。
きっと数々の女を泣かしてきたに違いない。
もしかするとトレラン界では名の知れたタイガーウッズなのかも知れない。
また頭のなかでどうでもいい事を考え始めて止まらない。
だめだ、今おかれた状況に集中しようと我に返る。
しかし試走の時には走りやすい下り坂だと思っていた最後のこの林道も、
もうこの状態では歩きやすい坂も、走りやすい坂もない。
ただただ足の裏が痛い。膝が痛い。どこだか分からないけどとにかく痛い。
やがて遠くに河口湖が見えてきて、
やっとここまで辿り着いたなという感想と同時に、
よくオレ、ここまで頑張ったな~と、我ながらとしみじみと思う。
そう考えると隣にいる大野さんも、周りにいる選手もみんな、
本当に頑張ったんだなって、自分と同じように労りたくなってくる。
そして自分のこと以上に、この人達、本当にスゲーなと思う。
河口湖の町に下りてきて、最後の約2~3キロを清々しい気持ちで進む。
道路には何も知らない車が信号待ちをしながら、
きっとマラソン大会でも行われていて、
練習の足りない後方グループのランナーが歩いているんだろう、
そんな風に映っていたかもしれない。
でも僕らだけは誇らしい気分で歩き続ける。
161キロ、9160メートルを越えてきたんだ。
それだけでもすでに凄い。
そのうえ隣にいるタイガーウッズ、いやいや大野さんは、
胃をやられて白湯をチョビチョビやりながら歩き続けている。
白湯が体を動かすエネルギーになるのかどうかは不明だが、
きっと人間には凄い力があるんだと、
僕らにはとてつもない可能性と力があるんだと、あらためて気づかされる。
諦めさえしなければ、白湯で身体を動かすことが出来る。
いや、性格には諦めない気持ちが身体を動かしている。
さすがは世界一の絶倫、いや、世界の大野さんだ。
と、ここまでくると何が世界のなのか分からないので、
もう普通に凄い大野さんという事にする。
河口湖大橋を渡る。
橋にもギャラリーとすでに走り終わった選手、サポーターがいて
笑顔でこれからゴールへ向かう選手を迎えてくれる。
もうゴールは目と鼻の先。
最後は走りながら沿道からの声援に応えてハイタッチを繰り返す。
「ラスト楽しんで!」
外国人も日本人も、おばさんも、おっさんも若い人も、
みんなが口々にそう声をかけてくれる。
試走のときには、ここまで帰ってこれるとは思わなかったゴールが、
目の前に、凄い数のギャラリーに囲まれたその先に見える。
嬉しくて、嬉しくて、出来るだけ多くのギャラリーとハイタッチを繰り返す。

ゴールして福田六花先生に抱きしめられる。
山中湖のエイドを出て以来の再開だ。
ゴールで待ってますと言ってくれていたけど、
ちゃんとゴールにいてくれた。
選手もきつかったけど、六花さんはじめ、
実行委員会やボランティアのみなさん、
そして選手を応援したサポーターや家族にも長い長いレースがあと1時間で終わる。
45時間は長かった。
もちろんもう少し真面目に練習すれば、もっと早くゴールできただろうが、
今年はこれで満足だ。
六花先生から「諦めようとは思いませんでしたか?」と質問を受ける。
何度も何度も思ったよと、おもわず笑みがこぼれた。
諦めそうにもなったけど、諦め切れなかったんですよ、情けない自分で。
完走して今、どう思いますか?と再び六花先生に聞かれる。
考えるまもなく、言葉が溢れ出す。

自分はいがいと強いんだなって。
そしてこの100マイルのトレイルは、
進むべき価値のある旅だったなと。
そう思います。

なんだか喋りながら涙が溢れそうになるのをこらえて、最後にそう答えた。

PM12時10分(161キロフィニッシュ地点)

スタートしてから3日目、45時間10分でUTMFをフィニッシュした。

長い長い、旅だった。
最高に充実した瞬間を、最高の旅の最後に用意してくれた、
大会実行委員の皆さんと、各エイドで心強い応援をくれたボランティアの皆さん、
沿道から応援してくれた方々、
一緒にこの素晴らしい旅を共有した選手達、
家族、友人、もうこの際、知らない人もみんな、
そして最後に、僕らの旅を受け入れてくれた富士の大自然と、山々、
161キロをつないだ素晴らしいトレイルに心から感謝します。


どんな形でもいい、来年もまたこの舞台で会いましょう。













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